鉄人からのメッセージ

ブラック・ポットへの近道

日本ダッチオーブンライフ振興会 会長
ダッチ・オーヴン・アルカディア 代表  中 山 隆 夫

ダッチ・オーヴン・アルカディア 代表  中 山 隆 夫 鋳鉄製ダッチオーブンに欠かせない「儀式」ともいえる作業がシーズニングである。私は400個以上のダッチオーブンのシーズニングを手掛け、シーズニングに関しては「神様」の別名を持っている。 今現在、私個人が所有するダッチオーブンは57個。中には米国ロッジ社会長のボブ・ケラーマン氏から、直接自宅に贈られてきたものも含まれている。私が主宰する会員制ダッチオーブン倶楽部「ダッチ・オーヴン・アルカディア」の全国の正会員・家族会員数百名のうち、約60パーセントが女性である。入 会と同時に裕福な淑女の皆様は、値段も聞かずに平均4個のダッチオーブンを注文購入し、「重く、熱く、危険な」シーズニングは苦手な、か弱い?女性メンバーの為に、私がシーズニングを行った。 アルカディア創立当時にはロッジ・ロジックは存在しないから、ダッチオーブンは全てシーズニングが不可欠であった。世間ではダッチオーブンの知識も乏しく、錆び止めワックスを落さずに調理した自己流の初心者も多くいた。当時の錆び止めワックスは強烈で、洗い流す時には部屋中に刺激臭が充満したものである。私共は、多くのダッチオーブン本を著し、その都度シーズニングにページを割いてきた。現在では、販売されているダッチオーブンの大半はシーズニング不要ですぐに調理が可能なので、昔のような苦労はいらないが、それでもダッチオーブンを錆びさせてしまう人がいるのは信じがたい。よく、ダッチオーブンの初心者が、ブラック・ポットという言葉を口にするが、「ブラック・ポットへの道」は遥かに遠く厳しい。ダッチオーブンを職業にする私が所有するダッチオーブンの中でさえ、「ブラック・ポット」と呼べるのは4~5個に留まるだろう。これは所有する数が多すぎる事もあるが、毎日まいにち、アウトドアでもキッチンでも、欠かさず何回も使い込んさえ、6〜7年は使わないとブラック・ポットにはなり得ない。新品の場合、私は最初のシーズニングに半日を費やす。ダッチオーブンと会話しながら、至福の時間である。さらに自宅の食事を作り、料理教室で多くの生徒さんに使われ、その都度、焼いては油を塗る作業を積み重ね、鉄が不純物を焼き尽くして「締まった」「ひと回り小さくなった」と感じる位で、ようやく「ブラック・ポット」と呼べるようになる。たとえばカウボウイの様に、仕事の道具として毎日無意識で使い続けるような状況でないと、ブラック・ポットを手に入れるのは難しい。
当然、年に数回キャンプや、アウトドアで使う時だけ引っぱりだして使っている程度では、永遠に無理だと思う。正直なところ、ブラック・ポットに近いものさえお目にかかったことがない。大概は煤けているだけ。勿論、完全にシーズニングが完了した「ブラック・ポット」は、洗剤で洗っても大丈夫。テフロン加工よりツルツルだ。こうなると次のブラック・ポット候補に仕事を譲り、引退して金庫に納まる。
結論に入ろう。「ブラック・ポットへの近道」は存在しない。唯、愚直なまでに、毎日まいにち、何度もなんども、ひたすら料理をしては重曹で洗い、焼いて、薄くうすく無塩のエクストラ・バージンオイルを塗ってはまた焼く。これをくり返す。それだけ。近道も、裏技も、ショート・カットも、秘密の薬も存在しない。ひたすら時間をかけて、ダッチオーブンと一緒に歴史を刻む事によって、ブラック・ポットと忍耐強い人格が完成される。単なる鉄の調理器具に留まらず、本来のスローライフと、生き方を教えてくれる哲学者のようだ。昨今、若いうちからの拝金主義や一攫千金、一発当てて、苦労をせずに、楽して儲けようとする風潮が多くみられる。修行を繰り返し、努力を積み重ね、時間をかけないと得られないものは最近あまり無い。金さえ払えば何でも買える時代にこそ、価値ある「ブラック・ポット」。あなたも挑戦してみてはいかがでしょう。